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  • 執筆者の写真Miki Takamizawa


うまくいかない人間関係



人との関わりがしんどい



うまくいかない恋愛



楽しくない毎日



苦しい仕事



子育ての悩み



ママ友関係の悩み



こんな様々な生きてくうえの

悩みや生き苦しさのワケって

もうこの2つ!!!



◾︎自分を生きていない



◾︎(自分を生きていない

ということは)


恐怖からの選択や

そこからくる

ネガティヴ思考があり

恐怖から行動している



自分を生きてないと、

この世界や、周りの言動に

振り回されてしまうよね。



だって、



自分を生きるって

自分の足で立って

生きてるってことで



この世界の毎日の出来事や

周りに生きるいろんな人との関わりを



自分のまま、試行錯誤しながら

自分のまま心地良く生きていくが

身についてくわけで。




そもそも

自分を生きられなかったら

それどころじゃないんだよねヽ(;▽;)ノ




自分を生きれないって

恐怖があるってことなのね。



もう全部、

過去の心の傷ね。



(ここを癒さないと

ずっと恐怖に振り回されちゃう!)



嫌われないように

見捨てられないように

◯◯と思われないように



そんな恐怖をもとに

生きてしまうよね。



そんな恐怖が

ネガティヴ思考を引き起こして



不安や恐怖、

ネガティヴ感情

(この感情が悪いワケじゃないよ)

を膨らませて



恐怖からの行動を

引き起こしていくよね。




自分を生きるどころか

恐怖を拭うための毎日になる。




そして、恐怖からの行動は

恐怖からのエネルギーで

人生を創造してるわけだから



人間関係もうまくいかない


ママ友トラブル


子供のトラブル


様々な問題を引き起こすよね。



自分を生きられないのに、



自分をこの世界で

心地良く生きさせてあげる

なんて難しいのよね。



でも、そしたら、



やることは



自分を取り戻して

生き直すってこと。



そこにある恐怖と

向き合っていくってこと。



やるか、やらないか、

私たちは自分を取り戻して

自分を生きることが出来る。

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  • 執筆者の写真Miki Takamizawa


愛がエネルギーだとしたら、、、?

エネルギーだけどさ、、、!



わたしは生き苦しかった頃、

“こんなダメな私は

愛されない”



つまり、そう信じていた。



それは、小さな頃から、

そこに愛があったけど



小さな私には

受け取ることが難しかった

ということでもあるし



受け取れなかったことで

私は愛されない

と“ない認定”してしまった…!




私が受け取りやすいカタチで

その愛を渡す

ということもまた



まったく違う生き物である

両親も難しかったのだと思う。




わたしたち人間は

エネルギー体



私の中でわかっているのは、

エネルギーの循環の心地良さは

人それぞれだということ。




要するに

“その人らしさ”に

繋がっているもの。




例えば、



私みたいにバタバタと

慌ただしいのが苦手、



ゆっくり丁寧に

ひとつひとつに想いを込めて

行動(生きること)が

心地良い人、

幸福を感じやすい人は



(想いを込める、も、

人によって違う…

毎日慌ただしい中での

想いを込める、もあるので)



長距離をゆっくりじっくり

じわじわと走るような生き方、

エネルギーの使い方が心地良い。



そうやって生きることが 

そう在ることが



その人にとって

自分を愛するということで

自分自身に愛されてると感じやすい



らしい生き方であり、

それがエネルギーという

愛だとするなら、

心地良いエネルギーの使い方なのだと思う。



愛が自分の中に満たされていく。



一方で、、、

その生き方が

心地良い人ばかりではない。



この世界は色々な人がいる

思ってる以上に人って違うからね!



例えば、



常に慌ただしく

いつもバタバタして

予定もいっぱい!!

仕事、仕事、仕事…!!



その間にこれもやって

あれもやって…!



子供のことも…!



というエネルギー(生き方)が

心地良かったり、

自分自身を愛することだったり、

心地良いエネルギー循環の人がいる。



要は、



人は自分らしい生き方

心地良い生き方(エネルギー循環)

を大切にすることで



自分自身に大切にされてると

愛を感じることが出来る。



だとすると、



自分と似たような人

似たような世界観

似たような価値観

似たような考え方

似たような生き方


(似たような

エネルギー循環)



似たような人からは

愛を受け取りやすい。



だって、自分の中では

それがエネルギー循環

愛の循環だと思ってるから。



カタチが似てるってことだよね。



でも、そのカタチが違う人が

世の中にはわんさかいるわけ。



そのカタチが違う人が

母親であれば

小さい頃から尚更、

愛を受け取ることが難しい。



わたしもそうだった。



母がいつもバタバタしてて

それだけでも

なんだか心地悪くて



バタバタしてる中で対応されても

大切にされてるなんて感じられなくて



(母なりの大切だった!

違うだけだからね)



もっと丁寧に!

ゆっくりお菓子作ったり

とにかくゆっくりした時間を持ちたい

宿題もバタバタじゃなくて

ゆっくり教えてほしい…!



そうすれば私には

愛が“伝わりやすかった”

のかもしれないなと、今は思う。



でも、だからこそ、

私はずっと愛されてきた。



欲しいカタチではなかったけどね。



そこに気づき、

満たされていくことで




大人になってからの問題



私は愛されないと

信じてしまうことからの恐怖

その恐怖からの行動を

起こさなくていいし



いろんなカタチの愛を

受け取れるようになった、

と思う♡⭐︎◯△




まずは、自分が

心地良い生き方、

エネルギー循環をすること。



それは、自分を生きること!!



小さい頃、

お母さんにして欲しかった

そんな愛情を

自分にかけてあげること。



ゆっくりした時間を

共にしたかったなら、

今、自分が自分と

ゆっくりとした時間をもってあげる

っていうことね。



そこには

いろんな怖さが出てくるけど、

向き合うところ。



自分を生きたら、

違いも見えてくる。



いろんな愛のカタチが

見えてくるよ。



やっぱりどこまでも

自分を生きる、なのだ。

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  • 執筆者の写真Miki Takamizawa

私のカウンセリングを“受けられる”

クライアントさんたちは


(あえて“受けられる”

と書いた理由はまた書こう)



自己実現傾向が

恐ろしく強いなと感じる。



(もちろん

私も含めて・・・)



自己実現傾向:

自分を維持し、強化し、

自分という生命体をより良く

発展し実現させていこうとする力。



ここが強くあるから、

自分を表現出来ないことに

半端ない苦しみも感じる。



自分への嘘、我慢

周りに合わせることで



自分をうまく社会に適応させたり

することも難しい。



それが“常識的じゃない自分”

なら尚更、負荷がかかる。




ここもグラデーションで、

うまく周りみたいにしようと思っても

出来ない人


出来るけど、

後にしんどくなる人


などなど・・・。


(ここはまた詳しく書こう)



でも、今のわたしは

この社会に常識的に

適応してるかどうかは

別としても



この社会の中で

心地よく自分らしく生きているな

とは感じている。




自分がどんな人間であれ

社会で生きていくのに

苦しい時って



自分に嘘ついて

我慢させて

嫌なことして

合わせて

そんな風に生きてるから。



自己実現傾向が強い自分が

より表現できず

苦しめられていくのだ。



結局、そこに

自己否定・存在否定があるから

そうしてしまうし、



個性・自己実現傾向の強さ

この2つが重複している人は

まず人生の前期・中期は



まだ未熟でこう生きざるを得なかった

その方法しか身に着けられなかった

と、自分を含めて感じる。



ただ、さっき書いたように



自分への嘘、我慢で

自分をうまく社会に適応させたり

することも難しい。



自分に嘘ついて

我慢させて

嫌なことして

合わせて

そんな風に生きてるから。



これが起きるのは

根本に自己否定・存在否定があるから。



でもさ、なんでも自由にやりましょ!!

が、自分らしくでも

自己実現でもない。



自分への嘘や我慢ではなく

社会にいながら

心地よく生きるということは



自分という個性を生きる

まずは自分を生きる



自己実現傾向が強い人ほど

そこに集中するといい



嘘ついて我慢させて

社会に自分を適応させるんじゃなくて



社会の中で

個性溢れる自分を生きる方法がある。



それは自分への嘘や

我慢なんかじゃないんだ。



まずは、自分を

本質的な自分を生きなきゃ!

見つけなきゃ!この話ははじまらないのだ。



そう考えると

社会適応能力って

常識的かそうじゃないかより、



どんな異端児であれ、

自分を生きてるか生きていないか

なのではないかと、

未来は思う。



わたし、社会適応能力

けっこうあるかもな^^

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